2010-简约版练习
に月はまだ姿を見せていなかった。紺青に暮れた東山を背景に,この一株しだれ桜は,淡紅色の華麗な粧いを枝いっぱいに付けて,京の春を一身に集め尽くしたかに見える。しかも,地上には一片の落花もなかった。
山の頂が明るみ,月がわずかにのぞき出て,紫がかった宵空を静かに昇り始めた。花は今,月を見上げる。月も花を見る。この瞬間,ぼんぼりの燈も人々の雑踏も跡形もなく消え去って,ただ,月と花だけの清麗な天地となった。
これが巡り合わせというものであろうか。花の盛りは短く,月の盛りと出会うのは,なかなか難しいことである。また,月の盛りは,この場合ただ一夜である。もし曇りか雤になれば,見ることができない。その上,私がその場に居合わせなければならない。
花が永遠に咲き,私たちも永遠に地上に存在しているなら,両者の巡り合いに何の感動も起こらないであろう。花は散ることによって生命の輝きを示すものである。花を美しいと思う心の底には,お互いの生命を慈しみ,地上での短い存在の間に巡り合った喜びが無意識のうちにも感じられているに違いない。それならば,花に限らず名も知らぬ路傍の一本の草でも同じことではないだろうか。
風景によって心の目が開けた体験を,私は戦争の最中に得た。自己の生命の火が間もなく確実に消えるであろうと自覚せざるをえない状況の中で,初めて自然の風景が,充実した命あるものとして目に映った。強い感動を受けた。それまでの私だったら,見向きもしない平凡な風景ではあったが――。
また,戦争直後,すべてが貧しい時代に,私自身もどん底に居たのだが,冬枯れの寂寞とした山の上で,自然と自己とのつながり,緊密な充足感に目覚めた。切実で純粋な祈りが心に在った。風景画家として私が出発したのは,このような地点からであった。
私が好んで描くのは,人跡未踏といった景観ではなく,人間の息吹がどこかに感じられる風景が多い。しかし,私の風景の中に人物が出てくることは,まずないと言ってよい。その理由の一つは,私の描くのは人間の心の象徴としての風景であり,風景自体が人間の心を語っているからである。
私が常に作品のモティ-フにしたり,随筆に書いているのは,清澄な自然と素朴な人間性に触れての感動が主である。戦後の時代の激しく急な進みの中で,私自身,時代離れのした道を歩んでいると思う時が多かった しかし,今では,それで良かったと思っているし,また,それをこれからも貫き通したいと念じている。
人はもっと謙虚に自然を,風景を見つめるべきである。それには,旅に出て大自然に接することも必要であり,異なった風土での人々の生活を興味深く眺めるのも良いが,私たちの住んでいる近くに,例えば,庭の一本の木,一枚の葉でも心をこめて眺めれば,根源的な生の意義を感じ取る場合があると思われる。
私は庭の木を眺めている。いや,枝に付いた一枚の葉を見ている。今は,その葉は美しい緑に,夏の陽を受けて輝いている。私は,その葉が,まだ小さな芽として始めて私の目に触れたころを思い出す。それは,昨年の冬の初めであった。今の葉のある場所に乾いた茶色の葉が付いていたのが,枝を離れて散り落ちていった時である。そこに,まだ小さな固い芽であったおまえが,みずみずしい生命を宿して誕生していた。
寒い風が吹き,雪の降る日があったが,おまえは黙黙として春を待ち,徐々に充実した力を内に蓄えていく。ある朝,小雤がやむと,点々と真珠の玉が枝に並んで光っているのが見える。それは芽生えの一つ一つに雤水がたまっていたのである。芽の膨らみが進んできたのを感じた。春はもう間近である。
ようやく春が来る。芽の開く時の喜び。しかし,あの,地上に散っていった葉は,今は朽ち果てて土に還っていく。
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