義が失われてしまうおそれさえあるのである。
注1:ブラーマグプタ=Brahmagupta、7世紀のインドの数学者
71. ①「 」に入る言葉として、最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A.しかし B.すると C.そして D.だから
72. ②批判的な質問が出てとは何故か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。
A. 常識でないから。
B. 形式的な不自然な考え方だから。
C. 1番と2番がどの組にも入らないから。 D. 常識から見ると無理だから
73. ③驚いたとは何故か、最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A. その考え方は常識からみて無理ですから。 B. 非常識的な考え方だから。 C. 0を数と考えていないから。
D. 形式的な不自然な考え方だから。
(文章2)
コンサートのアンコールはもともと演奏が終了した後、観客が演奏に強く感動した場合に「もう一度」と求めるものだった。ところが今ではまったく①形式的なものとなり、演奏家は最初からアンコールを予定に入れて演奏会のプログラムを組んでいる。観客の方も勿論、プログラムの曲目が終了しても席を立とうとしない。アンコールの前に一旦演奏が「中断」されてステージに人がいなくなるのは、ちょっと一息ついて「さあ、最後に盛り上がって終わりましょう」という合図であると解釈したほうがよさそうだ。 74.①形式的なものというのは何故か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。
A. 演奏が最後に盛り上がって終わるから
B. 感動した客が「もう一度」と頼むものだったから
C. 観客が感動しても、しなくてもアンコールをするから D. 一旦演奏が中断されて舞台に演奏家がいなくなるから
75.筆者は、最近のアンコールの前の「中断」にはどんな意味があると考えているか。
A. 「もう一度」と求める意味
B. 強く感動したので一息つくという意味 C. 最後だから形式を大切にするという意味
D. 最後に盛り上げる前にすこし休もうという意味
読解二、次の文章を読んで、後の質問に答えなさい。答えはそれぞれA、B、
C、Dの中から最も適当なものを一つ選んで、解答用紙のその番号に印を付けなさい。(1×10=10点)
生活はどの時代にも、どこの世界にもある。芸術はそうはいかない。芸術は文化の一部であり、文化とは生れて死ぬものだ。京都へ行く度に私の感じることは、実はただ一つしかない。要するに①そこには動かすべからざる緊密な秩序、生活のすべての要素を密接にむすびつける一個の全体としての文化があったということである。その寺の屋根の反りと民家の壁、その春と秋、その山と夕陽と女の顔だち、言葉の抑揚、「古典」の概念、「教養」という確かな実体の手応え、――そのすべてがどの部分をきり離してとり出すこともできないほど、密接に関連し、調和し、一体となっている。②その全体が文化であって、芸術もまたその文化のなかでしか生涯の念願となりえなかったろう。生活の芸術化とは、京都とその文化を前提としてはじめて成りたった夢想である。日本の文化の伝統の一つは、このような生活の芸術化という志であり、③それは茶人において徹底したと、私は思う。④茶人にとっての「生活」は、彫刻家にとっての「石」である。われわれの先祖は石を彫らなかった。だから生活を彫ったのだ。これが少くとも一六世紀以降の状況であった。しかし最近になって、その状況は変った。変り方は、――文化の崩壊ということに関係している。文化が崩壊し、芸術の価値に対する確信が失われ、活気に満ちた人間の生活だけが残った。その生活は、自己を表現しようとするときに、もはや⑤[ ]を顧慮しない。すなわち芸術を生活に還元しようとする意図があらわれるので、その意図の結果を総称してわが国では「近代文学」という。そこで文学の中心が小説となり、小説の中心が「私小説」になるだろうということは、見易い道理だ。「私小説」の歴史的な意味は、「芸術」の価値に対する確信の失われた時代に、小説の価値に対する確信を維持するためには――それさえも失われれば⑥小説がすべて商業小説になること、周知の通りだ――小説から「芸術」を追い出すほかはなかったということである。しかしそういってしまっては、話が飛躍しすぎるだろう。
芸術は生活を超えようとする価値の一つにすぎない。小説を芸術からきり離して作家の日常的な経験に還元しようとする運動は、実は文学的な世界をすべての超越的な価値からきり離して、日常生活の経験の範囲に限ろうとする運動であった。そういう徹底した⑦「日常性」の世界が、一朝一夕に成りたつはずはあるまい。「私小説」にはたかだか半世紀の歴史しかないが、そのよって来る⑧背景、すなわちすべての超越的な価値を排し、あらゆる抽象的な論理化を拒んで、日常生活の経験に⑨究極のまた唯一の現実をみる一種の実際主義が、到底半世紀やそこらの挿話であったはずはないだろう。歴史をさかのぼれば、十七世紀の茶人と今日の小説家との関係も全くなかったわけではない。
76.①そことは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A.生活 B.京都 C.芸術 D.文化
77. ②その全体とは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A.すべての生活要素 B.芸術の全体 C.京都の全体 D.実体の手応え
78. ③それとは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A.京都の文化 B.京都の芸術
C.生活の芸術化 D.生涯の念願
79.④茶人にとっての「生活」とは何を意味をしているか。最も適当なものを次から一つ選びなさい。
A.文化 B.芸術 C.素材 D.目的
80.⑤[ ]に入る言葉として、最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A.文化 B.生活 C.伝統 D.芸術
81. ⑥小説がすべて商業小説になるの原因は何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。
A. 小説の価値への確信が失われるから B. 小説から芸術を追放するから C. 小説の中心が私小説になるから
D. 芸術の価値への確信が失われたから
82. ⑦「日常性」の世界とは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A. 生活を超えようとする価値 B. 近代小説の世界
C. 日常生活の経験の範囲に限る文学の世界 D. 超越的な価値を切り離した文学の世界
83. ⑧背景とは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。 A. 芸術を生活に還元しようとする意図 B. 小説の価値への確信 C. 芸術の価値への確信 D. 小説の商業化
84. ⑨究極のまた唯一の現実をみる一種の実際主義とは何か。最も適当なものを次から一つ選びなさい。
A. 超越的な価値 B. 抽象的な理論化 C. 芸術の価値 D. 生活の芸術化
85.筆者の思考に最もよくあっていると思われる文を次から一つ選びなさい。
A. 茶道も私小説も、徹底した日常性の世界の追求という点で共通している。
B. 茶道は文化を前提にしており、私小説は日常生活を前提にしている。
C. 茶道は生活を超越した芸術であり、私小説は生活と妥協した文学
である。
D. 茶道も私小説も芸術であるが、歴史的な背景と価値が異なっている。
【第二部分】
(解答はすべて解答用紙に書きなさい)
七、次にある未完成の文を完成しなさい。(1×10=10点) 86.こんなに景気が悪いと、 。 87.子どもじゃないんだから、 。 88.新しい車はデザインがいいし、 。 89.すぐ帰りますか。時間があったら、 。 90.ジョンソン:今日はご馳走様でした。 山 本:いいえ、 。 91.立春とはいうものの、 。
92.お忙しいところをご出席くださり、 。 93.「わたしがやる」と約束した以上、 。
94.彼が今朝電話をかけてきてくれたおかげで、 。 95.大学を出たからといって、 。 七、「私の学校」という題で、指定した用紙に作文をしなさい。(15) 1.文体はです体、ます体にすること。 2.字数は350~400字にすること。字数オーバーまたは不足の場合は減点となる。
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